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養護学校教員から、学ぶ側へ

第14期生 飯田 浩二 いいだ こうじ
1979年生まれ、愛知県出身。筑波大学体育専門学群を卒業後、教員をしながらJFL(Japan Football League)に所属するデンソー、栃木SCで活動する。引退後、スポーツ選手のケアやパフォーマンスアップに貢献できる職業を探し、カイロプラクティックにたどり着く。
私は小さな頃からサッカーが大好きで、9歳から社会人になるまで続けてきました。筑波大学の体育専門学群を卒業後、現役をもっと続けたいという気持ちが強く、高校や小学校、特別支援学校(当時は知的障害養護学校)で教員をしながらJFL(Japan
Football League)で大好きなサッカーをしていました。仕事と現役の両立はたいへんでしたが、高校、小学校、特別支援学校の経験は、サッカーにしか興味のなかった私にもう一つの楽しみを与えてくれました。特に特別支援学校では自閉症の子や脳性麻痺の子を担任し、毎日が「発見」と「勉強」でした。
一方、大学時代から身体のことを専門的に勉強しそれを仕事にできたらという気持ちはあり、現役を引退すると、その気持ちはいっそう強くなりました。カイロプラクティックのことは現役時代から知っていたので、RMIT大学日本校(現TCC)の説明会に行くと、自分の将来像が大きく広がったように感じました。大好きな身体のことを勉強して、それを自分のようなスポーツ選手のケアやパフォーマンスアップに還元できたらどんなにすばらしいことか。竹谷内学長の「正しいカイロプラクティック」を読み、カイロプラクティックの持つ無限の可能性を感じました(カイロプラクティックを必要とする障害を持った人たちも多くいるように、個人的に感じたりもしました)。教員を辞めて学生に戻るということにとても悩みましたが、やらないと必ず後悔すると考え、入学を決意しました。
在学中にNSCAの資格も取り、将来はカイロプラクテッィクと運動を結びつけたカイロプラクターになるつもりです。学生生活に限らず、「勉強」をしてどんな「発見」をできるか、将来が楽しみです。











